「ジェイドを呼べ」

固い声の勅命に、今後の予定を吟じていた臣下は遮られた不満も見せず、これ幸いにと即座に読み上げていた巻物を丸めて一時のみの皇帝の居室より駆け出した。

まるで腹をすかして殺気立つ猛禽のような最高権力者の前に、誰しも居たがる筈が無い。

先ほどの役目とて、仲間内での勝敗に負けて戦々恐々と引き受けたのだ。

これ以上皇帝の不機嫌が増さないように、自分に火の粉が降りかからないように、文官は全力以上の力を無理やり振り絞って軍本部まで駆け続けた。

誰でも、命は惜しい。

 

31. 結局僕は一人に耐えられないって事。

   色落つ世界にせめて君一人だけでも

 

その一室から発散される苛立ちは目に見えるようで、警護の兵すら扉の前から離れて恐々と遠目で窺っている。侍女に至っては半泣きで身を寄せ合ってしまっていた。普段おおらかな男の変わりようは、それだけ恐ろしいものだったのだろう。

いつものことながら、あまりの騒ぎに頭痛がしてくる。

ジェイドはずきずきと痛むこめかみを押さえ、尊敬すら含む彼らの視線を受けて扉を潜った。

想像するまでも無い下々の間でまた上がるだろう自分の株と、お偉方の苦虫を噛み潰したような顔を頭に思い浮かべながら足を踏み入れた室内は、マルクトの国色である青を基調とした絢爛とまでも行かずとも華美な一室で、皇帝の居室としては申し分ない。

むしろ美しく整理され家畜の姿と染み付いた匂いが無いだけ、余程此方の方がらしい。

しかし、皇帝陛下にはそれが不満であらせられるらしい。

部屋の中央に据え置かれた玉座とはまったく趣の異なった脚の曲線も優美な椅子に腰掛け在らぬ所を見遣り、苛々と手摺を指で叩いている男からは、いつも湛えている笑顔の面影すら見いだすことは出来ない。

「へーいか」

ジェイドが溜息を一つついて、不敬罪で投獄されてもおかしくないように茶化して呼びかければ、その入室になぞとうに気付いていただろうピオニーようやく己を呼んだ男に視線を当てた。

ぞくぞくと背筋を走る戦慄。自分が捕食される立場であると否が応にも見せ付けられる王者の眼差しに、ゆるりと首を擡げそうになる自身の矜持を押さえつけ、ジェイドはうっすらと笑ってみせる。

「またですか?」

笑みを刻んだまま、ジェイドがわざとらしく愉しげに近付いていけばピオニーは鋭く吐き捨てた。

「うるさい」

しかし他の者なら怯え竦むだろう皇帝の怒気を受けようとも、ジェイドが怯む謂れは無い。そのまま足を進め、ピオニーの膝の間に立った。触れ合うお互いの熱に、わけも無く煽られ高揚するのは、きっと慣れ切った情事の弊害だ。

それでもそれ以上の接触を図らず、その距離を保ってジェイドは本来だったらありえない、頻繁に見る機会のある、自信よりも純度の高い皇帝の金色を見下ろした。

「まったく。一々ペットと引き離されたくらいで不機嫌を撒き散らさないでください」

「黙れ」

「可愛そうに、メイド達が怯えていますよ」

本日の夕方から催される舞踏会の為に、皇帝は最愛のペット達との接触を禁じられ、こうして用意された別室にて二日前から過ごしている。

流石に、並居る来賓の前で家畜の臭いを撒き散らすわけには行かないと弁えているのだ。その点は評価してもいいとジェイドも思うが、こうして足りぬ温もりと愛情に子供のように機嫌を損ねるのはいかがかと思う。

「私も、引っ張り出されて迷惑です」

旋毛を見下ろした臣下が眼鏡を押し上げて嘆息すれば、皇帝の褐色の手が伸ばされ、飴色の絹糸を掴み取った。そのまま引き摺り寄せられ、息触れるのすら追い越し、吐息を混じり合わさせられた。

自然と男の膝の上に乗り上がれば、頭皮を引っ張る痛みはすぐに消え去り、変わりに耳元から後頭部を覆うように大きな掌に固定されて、深く深く口腔を貪られる。

口蓋をなぞりあげ、舌を吸われて、噛まれて、交じり合った唾液を嚥下する。

ピオニーの口付けを受ければ、腕を伸ばして背を抱くという動きは既にジェイドに反射として刷り込まれてしまっている。そして慣れた行為に容易く反応を示し始める自身。

「うるさいといっただろ」

散々貪ってから、どちらの物でもある唾液に濡れ光る口唇がたった今の情熱など無かったように辛辣な言葉を吐く。

しかしそれさえも愛戯だ。

「陛下」

熱い吐息に情欲の名残を、赤い瞳に呆れを含ませて己を見下ろす男を、ピオニーはもう一度引き寄せる。

黙らせるためと言うには行き過ぎな口付けは次の行為を予感させ、今すぐの諦念と、やがて情愛をジェイドの心裡に齎すだろう。

そして、その予測が正しい事を過去の事からジェイドは知っている。

「黙って、相手をしろ」

首筋を撫ぞり上げる押し殺した声音と、背を撓らせるほど強く縋る腕に、

ジェイドはやれやれと甘える寂しがりやを抱き締めた。

 

 

ピオ様、式典とかパーティーのたびにブウサギたちと引き離されると思う。

だってどうしたって家畜の匂いが染み付いちゃいますよ

きっと2日位前から

だからものっそ不機嫌になる

スキンシップがたりないの

愛とか温もりとか

また、命の危険に寝るときも気を張り詰めているせいでつかれてる

ブウサギ達を飼ってるのは暗殺防止のためもあると思う

だって動物って気配に敏感だから

何か異物が入れば騒ぎ立てるよ

けっこう役立ちます(たぶん…飼いならされた動物がどうかは知らないけどさ…)

02/19/2006